■20111231【見解】大義の欠けた消費税増税原案

年の瀬の押し迫ったこの時期に、
民主党政権により消費税増税法案の原案が提示された、
との報道が一斉に紙面を飾った。

民主党政権の誕生を応援した私は、
裏切られたとの思いで、大変残念な気持ちである。

今、日本の財政が待ったなしである。

将来世代を当てにした国債に依存する体質を改め、
今の世代が今の世代の範囲で自らの負担を完結させること、
他国の状況同様、国債の不確実な状況を改めること、
社会保障など少子高齢化でも持続可能性を確保すること、
など、現状に対する危機感は私も同じ想いをもっている。

そして、その不足する財源を
国債から税に切り替えていくこと、
さらには、その税は消費税が好ましいこと、
このあたりも一致している。

私が考える問題は、その進め方であり、
「増税の前にすべきことがあるのではないか」
という点である。

つまりは。

増税を提案する国会議員にかかるお金の削減、
そして、同じく公務員にかかるお金の削減、
さらには、徹底した歳出の見直しにより、
選択と集中を進め、効率性を高めて、
優先順位の高い必要な分野に必要なだけ
お金が循環する環境を整えること。

これらは増税という形で国民に痛みを求める前に、
自ら進んで行わねばならないことだ。

国民は、自分の払う税金は、
「必要なことに使用してほしい」
という思いをもっている。

ましてや「お金が足りない、もっと出してほしい」
というなら、今の支出内容を見直してから、と考えるだろう。

前自民党政権がこのプロセスを踏まえないまま、
増税の方針を出したことに国民は異を唱えた。

だから民主党に任せて手順を踏んでもらおう、
というのが国民の意思だったのではないか。

少なくとも私はそう考えて、
無所属でありながら、
全面的に民主党を応援したのだ。

「民主党の自民党化」が進んでいる、といわれるが、
今回の消費税増税法案の原案は、
まさにそれを裏付ける決定的なものとなってしまった。

「それは原案に盛り込んであるはずだ」
関係者からは反論があるかもしれない。

確かに。

今回の民主党原案を読むと以下のように記してある。

「国民に負担をお願いするのであれば、今の政治家や官僚自身が、議員定数削減や公務員総人件費削減など自ら身を切るとともに、無駄の削減に覚悟を持って取り組み、断行しなければならない」(民主党HPより)

民主党HP
http://www.dpj.or.jp/article/100619/%E7%A8%8E%E5%88%B6%E6%8A%9C%E6%9C%AC%E6%94%B9%E9%9D%A9%E6%A1%88%E9%AA%A8%E5%AD%90%E3%82%92%E4%BA%86%E6%89%BF

問題は…

その「断行」のための
具体的数値や期限が盛り込まれていないこと、である。

そして、にもかかわらず。

一方の消費税増税については、
「2014年4月に8%、2015年10月に10%」
とはっきり年限と数値が盛り込まれているではないか。

具体的数値が盛り込まれている項目と、
抽象的な文言の並ぶ項目では、
どちらが実現性が高いかは、言わずもがなであろう。

この一文を入れることで
国民の意向に応えたことと考えているかもしれないが、
国民はそんなに愚かではない。

消費税増税のために申し訳程度に盛り込んだ、
としか見えない。

国民のほうを見るのではなく、
増税法案に反対する国会議員向けに、
この一文を入れることで、合意を取り付ける、
といった小手先のことをしたとしか見えない。

そこに具体的数値や期限を入れると、
今度は別の国会議員が反対する事態が生じる。
だから入れられないのだろう。

いずれにしても。

この2つの対照的な取り扱いをもって、
この原案の行方は、
前途多難という言葉以外に言葉が見当たらない。

否、前途「全」難というべきか。

次の選挙のことと政党助成金のことを第一に考え、
この時期に見え見えの離党をするような、
見苦しい行動の国会議員たちに比べれば、
野田首相の覚悟は相当なものだと想像する。

なのに、なぜ、それだけの覚悟がありながら、
正面の道を堂々と歩もうとしないのか。

どの方向から進んでも、
必ず通らねばならない道がある。

国民は現状をすでに理解している。
やみくもに消費税反対をしているのではない。

世論調査でもすでに過半数は増税を容認しているのだ。
国民は覚悟を決めている。

その覚悟に応えるべく、
自らの身を削る姿勢で応えるのが、
この時代の政権の責任ではないか。

1票の格差の違憲判決を踏まえて、
抜本的な選挙制度改革を兼ね合わせ、
地方分権のな彼を加味して
国会議員の定数を大幅に削減すること。

その国会議員にかかる報酬は削減し、
文書通信費や政党助成金は削減した上で、
使途を厳格化し、
領収書添付を義務化して透明性を高めること。

さらには国の行政の姿も、
分権をにらみ次の時代にふさわしい形に再編し、
国家公務員数を大幅に削減する。

そんな時代の要請に従い、
抜本改革を期待されたのが民主党であった。

せっかく国民的支持を受けた事業仕分けも、
何か申し訳程度に実施しているようにしか見えない。

もっと急いで進めて、
その結果にこだわりを持ったほうがいい。

時間がない、という切迫感は伝わるも、
これら肝心なことをおろそかにすれば、
おそらく前には進まないだろう。
国民がノーを突きつける。

つまりは結果的に停滞を招く。

野田政権で致命的な間違いを犯し、
民主党政権は新年を迎えることとなる。

日本の政治はさらなる混迷を深める
年となるのだろう。

この難局において、
私自身は当事者意識を強く持って臨みたい。

民主党への批判を声高にしているだけでは、
前に進まない。

もとはと言えば、
自治体財政の歳入確保の努力を、
国に一元的に丸投げしているのが、
現在の国と自治体の関係なのだ。

本来なら私たち議員が、必要なものを行うために、
不足している金額の確保のため増税をお願いする、
直接住民と向かい合う、
そんな努力をしなければならない立場なのだ。

国サイドも財政が権力の源泉、
ということを分かっているから、
一元化した状況を手放したくないのだろう。

が、自治体サイドも、住民と向き合うことを避け、
国に税金の徴収の権限を預けてしまったままだ。

消費税の議論も、
割合の議論に終始しているが、
「消費税は地域的偏在が少ないのだから自治体に渡せ」。
という気概があってもおかしくはないはずだ。

税金の確保こそ、自治の最たるもの。

税源の移譲の話や、独自の財源確保など、
もっと自分たちで引き受けなければならないものがある。

こうしたことが先送りされたままであるが、
増税をお願いする立場は、
まわりまわって私たち自治体議員にも関わる話であり、
私の持ち場のさいたま市行政、
さいたま市議会も例外ではない。

できるところから進めていく。
そんな覚悟で新年を迎えたい。

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