カテゴリー"旧Doi-log"の記事

■20100418〈政策〉火山対策の必要性

ひと月前ならば。

「火山対策が必要だ」と言っても、
さいたま市では理解を得にくかっただろう。

しかし。

今は少し理解していただけるのではないか。

アイスランドの火山噴火。

アイスランド国内への影響にとどまらない。

欧州全体が、
もしくはそこに向かおうとしていた
飛行機が軒並み欠航となり、
混乱が生じているとの報道が連日入っている。

これは飛行機のエンジン内に火山灰が入り込み、
その粘着性が強いために
エンジンを止めてしまう恐れが生じるからである

命に関わることであり、
それぞれ妥当な対応だと思われる。

航空会社の株価が急落しているとのことで、
改めて影響の大きさを示した。

さて。

そうは言っても、
さすがに日本国内では、
火山は三宅島など離島や鹿児島など、
東京からは離れたところにあるのだから、
そんな影響はないだろう、
と思われるかもしれない。

そんなことはない。

私たちは、富士山は「眺めるもの」であり、
「噴火しないもの」と思っているが、
そんなことはない。

あくまで富士山は「休火山」。

休んでいるだけなのだ。

海底のさらに奥深く、地層の中で、
マグマはつながっており、
歴史的みればいつ噴火してもおかしくないのだと言う。

富士山が大規模噴火すると、
まず考えられるのは、
その周辺への影響だ。

溶岩流や火砕流などの影響は、
さすがにさいたま市であれば、
そこまでの心配はしなくともよいだろう。
(もちろんするにこしたことはないが)

ただ、これはあくまで私見であり、
専門家が見れば間違いを指摘されるかもしれない。

いずれにしても、
最も影響があると思われるのは。

さいたま市に影響があると思われるのは、
噴火の際の「火山灰」である。

もちろん今回のように飛行機が
使用できなくなるという話はあるが、
もっと基本的なことである。

たとえば、さいたま市内に
火山灰が大量に降り注ぐと。

その灰は、雨にぬれるなどして泥状になる。

この泥状となった灰が、
たとえば10センチ積もったとすれば、
車は走れなくなるのだ。

そしてこの灰こそ、除去が大変難しい。

たちまち電車や自動車といった
交通のライフラインが機能しなくなり、
それが長期間にわたるほど
社会全体が不利益をこうむる可能性がある。

都内ももちろん動けなくなるだろうから、
都市がしばらくほとんど機能しなくなる可能性があるわけだ。

こうした時に最も危機に陥るのが弱者である。

たとえば何か救急車で運ばねばならない事態が生じた時、
しかし、救急車が動けない。

命に関わる事態であれば、
深刻なこととなる。

こうして危機管理上の対策の一つに、
「火山噴火」を加える必要性があると考えるものだ。

これは三宅島の災害対応をした人から聞いた話だから、
決して他山の石ではない。

ではどうすればいいか。

残念ながら、日本では、
これからその対応策が出てくる。

この研究には予算が余りつかず、
研究者たちもこれから対応策を練ることとなる。

今回の欧州のケースを踏まえ、
火山噴火を危機管理上の重要な対象と位置づけ、
あらゆる可能性とその対策、
そして復旧策の検討に入るべきではないか。

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■20100415〈政策〉墓地について

墓地。

つまり、お墓。

と聞くと、どんなイメージを持つだろうか。

「近くにあってほしくない」

「キモダメシの場所」

「迷惑施設」

そんな、ありがたくない言葉が出てくるのではないか。

葬祭センターと並び、
必ずといっていいほど周辺住民の猛反対の運動が起きるのが、
この「墓地」の建設にまつわる話である。

では。

自分の両親、配偶者、子ども…
人はいつかは命を失うから、
自分が生き続ければ身近な人も亡くなる。

時に、親に看取られて短い生命を終える子どももいる。

その身近で大切な人たちのお墓の場所は…。

「それなら近くでもいい」

そんな自分に気がつくのではないか。

お墓ほど、この矛盾とも言える
正反対の想いが内部で錯綜する、
こんな施設も他にないと思われる。

このお墓というもの。

必ず必要なものである。
それも誰もがどこかに必要としている。

身寄りのない人であっても
無縁仏として埋葬されるのである

これは保健衛生上、必要とされる。

しかし、先ほども述べたように
最も嫌われる施設の一つでもある。

だからなかなか近くに空きはなく、
遠いところにその場所を求めることとなる。

最近、葬式を宗教色を排して、
独自性の強い方法で執り行うケースが増えている。

これと同様、お墓の件、
つまり自分の亡骸の埋葬の方法についても、
従来の仏教的な墓石をイメージしたものから、
「自然葬」などといった
新しいスタイルを求める声が上がるようになった。

ひと月ほど前、
その自然葬を普及する運動をしている方々と懇談をした。

その時。

初めて知ったのだが、
墓地を開発できる主体が規制されているということだった。

おおざっぱに書けば、
墓地を開発できるのは、
●自治体
●宗教法人
●公益法人(財団法人を想定)
である。

個人で勝手に、例えば自宅の裏庭に、
お墓を建てるといったことは禁じられている。

結局、上記3者により所有される墓を利用することとなる。

自然葬を求める人たちは、
この規制があるため、
自分たちの意を汲む墓地を作る主体を見つけることができず、
なかなかその想いを実現できずにいる。

価値観が多様化しているこの時代。

一つの考えである自然葬のような方法にも配慮し、
規制緩和を検討してもいいのではないか。

もちろん実質的には、
都市部で住民が多数いる地域では、
なかなか理解が得られにくいが、
その点は取りあえず置いておく。

新しい姿の葬送で眠りにつきたい、
そんな想いを持つ人たちが存在している、
それも少なくない数の人たちがそう思っている、
そんなことが分かってきた。

この墓地の問題は、奥が深い。

そもそも墓地の根拠法の「墓地埋葬法」。
略してボマイホウ。

この法律ができたのは昭和23年。

保健衛生の視点から作られた法律である。
さいたま市でも担当者は保健所の職員である。

その時代、遺体の埋葬は「土葬」、
つまり、そのまま遺体を埋めていたのだ。
火葬せずに。

だから保健衛生上の問題が生じる可能性があったため、
その見地から作られたという要素が強い。

おおざっぱに作られた法律である。

その「おおざっぱさ」を補う意味で
都道府県など条例を作っている。

さいたま市も条例を独自に策定している。

その内容は、市内に墓地が開発されにくい
方面に書きかえられつつある。

住民の気持ちもわからないわけではない。

しかし繰り返すが、
墓地は私たちにとって必要な施設でもある。

市内に長く暮らしてきた市民にとって、
自分のふるさとに埋葬されたい、
という潜在的な想いは当然あるだろうし、
その遺族も、故人を大切に想ってきた人ほど、
お墓は近所にあることを望むのではないか。

現在、様々な要因から、
さいたま市に新たな墓地を造ることは、
かなり困難な状況である。

現在ある墓地を一定の条件のもとに
少しづつ拡大することは可能だが、
それをしてもキャパシティは決まっているから、
入れない人は市外の墓地に眠ることとなる。

ここで。

土葬時代に作られた法律や、
葬送の在り方や墓地の存在の位置づけなど、
新しい価値観を踏まえて、
大いに見直しのための議論を行なったらどうか。

これから団塊の世代が
介護や葬儀、葬送の当事者意識を有する時代となる。

この問題はあまりに奥が深く、
ことの解決は簡単なことではないが、
この数年間できっと大きな転換期を迎えることだろう。

私もこの問題を掘り下げていきたい。

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■20100415〈政策〉動物愛護センターにおける殺処分

先日。

埼玉県飯能市の山林に
ペットの死体が遺棄されたという事件があった。

元市議が容疑者であったことなどから、
話題となったが、
飼い主の想いを踏みにじる事件として取り扱われた。

現代社会では、
もはやペットは家族も同然である。

事件では、火葬炉もお墓も
個別に用意されていることが裏付けられた。

それだけに大きく報じられた面もあるのだろう。

ところで。

この事件の延長で。

動物愛護センターの殺処分の話にも触れておきたい。

この世の中には、
動物を飼う時の初心を忘れたのか、
しばらくするとそのペットを放棄する飼い主もいる。

もちろん、やむを得ない事情があって
飼えなくなるケースや、
一人暮らしのお年寄りが亡くなった際に
ペットが取り残されるケースなどもあるから、
悪意に満ちたケースばかりではない。

ただ、モラルを失している飼い主の存在は確実にある。

飼い主を失った犬や猫は、
どこへ行くのか。

動物愛護センターである。

都道府県には設置されており、
政令市も設置することとなっているので、
さいたま市にも存在している。
新しい施設である。

機会があったらぜひ足を運んでいただきたい。

桜区の区役所のそばの荒川沿いに
ひっそりと存在している。

中に入ると。

子どもたちなどは、
一気にボルテージが上がるだろう。

かわいい犬や猫が出迎えてくれるからである。

★さいたま市動物愛護ふれあいセンター

http://www.city.saitama.jp/www/contents/1188533007730/index.html

このかわいい犬や猫たち。

運が良ければ、
新たな飼い主に引き取られていく。

2桁に上る件数が、
引き取られているようだ。

しかし、引き取り手がなければ…

有毒ガスなどで「処分」されてしまう。
つまり殺されてしまうのである。

ここでは感傷的な気持ちには浸らず、
冷静になりたい。

処分数については、
愛護センターのHPに掲載されている。

統計資料

職員の人たちは決して、
処分を好んでやる人はいないだろう。

私が訪問した印象では、
誰よりも動物を大切にしているようだった。

その人たちが200を超える数の
犬や猫を毎年処分しなければならない。
そんな現状がある。

どんなに辛いかと想像している。

こうして考えると、
飼い主のモラルの問題も
厳しく問われるべきことなのだろう。

そもそも商品として動物を売り買いすることについても、
駄目だとまでは言わないが、
生命の大切さを踏まえたやり取りが必要だと思う。

注目している施設がある。

熊本市のセンターでは、
殺処分がゼロだという。

飼い主と密に接し、説得し、引き取ってもらう。
放棄を思いとどまらせる、
という方法をとっているという。

いずれ視察に伺いたいと思っている。

いずれにしても、
例の事件の陰で、
同時に公然と行なわれているこうした処分にも、
光を当てていかねばならない。

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■20100412〈雑感〉残り一年

残り一年。

5月になると、「あと一年」となる。

この「一年」には二つの意味を込めている。

まずは市議会議員としての任期があと一年。

4年間任せられている任期も
いよいよ最終年に入る。

任期のスタートが2007年5月1日だから、
本当にあと一年だ。

その一年間には、
これまでにも増して、
新しい議会作りへの傾注もあるだろう。

市長選の余波は国政の動きとも連動し、
ますます議会の運営は混乱し、
先が見えにくい状況となるだろう。

来年の4月には市議会議員選挙の改選期を迎える。
もし立候補するならば、
この準備もこの一年間に凝縮される。

ところで。

私はまだ、正式に立候補することを表明していない。

過去の選挙とも、自分の力量とやる気、
自分の存在が本当に貢献に値するのか、
そんなことを自問自答しながら、
最終的な決断に至っている。

議員という立場は、安易なものではない。

議会に対する世論は、
年を追うごとにますます厳しくなっている。

歓迎すべきことだが、
議員の役割も大きく変わってきた。

特にこうした変化の激しい時期に、
その重要性はますます高まっている。

議会が「決定」する際に、
行政には依存しない方向性が見えてきた。
議会は自立の道を歩み始めた。

しかし、その流れに位置する
自分の肩にのしかかる責任の重さは、
想像以上であった。

この渦中で地に足をつけて活動していくことは、
それこそ、自分の議員生活でも経験していない領域であり、
これを次の4年間継続できるだけの
自分の想いや情熱が存在するのかどうか。

そんなことを自分自答しなければならない。

その気持ちを確信できた時に、
自分の決意表明の段階がくるのだろう。

もう一つ。

もう一つの「残り一年」とは、
実は5月の誕生日を持って39歳となる。

つまり30代が「残り一年」ということである。

これまでどちらかといえば、
自分の年齢が過ぎていくことに冷めていた自分だが、
この30代と40代の違いは少し感覚的に異なっている。

平均寿命からいっても、
40歳というのは、
人生の後半戦のスタートを意味している。

これまで本当に好きなことをしてきた。
周りの多くの方々の支援があってやってこられた。
改めて感謝するしだいだ。

この私の人生の前半戦は、
ほとんど「自分のため」に費やしてきたものだった。

もちろん人のためになりたいという欲求は、
議員になる動機でもあったし、
自ら自我に目覚めた若輩者の頃から、
他者へ貢献意欲はあった。

しかし。

どこかに「まず自分」というものが、
これまではあった。

尊敬する方々を見ると、
驚くほど他者を育て、
後世の社会に貢献している。

私に人が育てられるかは定かではないが、
40歳からの後半戦は、
そんな後世への貢献も視野に入れなければならないと、
うっすらではあるが、自覚している。

だから、あと一年は。

30代の残りのこの一年は、
もうしばらく私自身の好きにやらせて欲しい。

わがままな自分の言うことを聞いてほしい。

そんなことを、もう一人の自分に言い聞かせている。

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■2010411〈雑感〉矢沢永吉の挑戦

矢沢永吉。60歳。ロック歌手。

私が好んで聴く歌手の一人だ。

その貧困から成功をおさめる過程の
「成り上がり」はあまりに有名。

スタッフの横領で30億円の負債を抱えた窮地から、
それを返済し、東京赤坂にスタジオをまで建て、
今もって第一線で活躍している姿には、
脱帽するしかない。

レコード会社にも、ファンにも媚びない姿勢は、
私も大いに学ぶべきところだ。

本人も言っているが、
若くしてミュージシャンとして名を馳せても、
そののちに30年歌手を続けている人は
ほとんどいないだろう。

とくに有望な新人が
毎年大量に輩出される音楽業界において、
その長期にわたる地位の確保は、
想像するだけでも大変なことだ。

私が思うに。

矢沢は常に変わり続けたから、
生き残っているのではないか。

「昔のことを消しゴムで消してしまいたい」
といった趣旨のことを矢沢が言っていたことがある。

常に、その時々で最もいいと思ったことを実行する。
そして次の時点では、以前の成功にとらわれずに、
新たな試みに挑戦していく。

これを繰り返して、
今に至っているように見える。

ところで。

矢沢は歌手であるとともに事業家でもある。
幅広く事業を行っている。

自らの歌をどう売るのか、
についても念頭に置いている。

先日の「日経ビジネス」。

音楽業界の変化を報じる記事に矢沢が登場していた。

大手レコード会社と契約を終了。

自らCDを制作・販売する
インディーズレコード会社を立ち上げたという。

なぜ歌手が大手のレコード会社と契約するのかといえば、
「流通」を握っているから。

その流通にお世話になるために、
レコード会社の意向が時に、
その歌手の作品やパフォーマンスの仕方などにまで及ぶ。

面白味も個性もない、
売れることだけを考えている歌が、
無数に増えていく元凶だと言える。

しかし、この流通をレコード会社が
独占する時代も終わりを告げようとしている。

インターネットの普及である。

歌を購入したい人は、
いまやCDを購入しなくとも、
パソコンからダウンロードできてしまう。

歌を売り出す立場としても、
レコード会社の意向を踏まえず、
自分の思い通りのスケジュールが組める。

矢沢の新しい挑戦に注目したい。

このケースは、
私たち政治の舞台に足を置く者も、
本質的に同じ構造に位置している。

インターネットでの可能性は広くて深い。

この変化に順応できるものだけが生き残れるのだろう。

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