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■20110226【見解】「負の分担」の時代、合意形成の在り方

「負の分担」の時代。

親交のある柳田佐久市長の言葉である。

人口が減少するとともに高齢化し、
財政が厳しくなる中、
お互いに負の側面を分担して乗り越えていく、
という意味が込められている。

私もまったく同感である。
行政改革の推進派に名を連ねるのは、
こうした時代認識を持っているからである。

ところで。

この「負の分担」の進め方ほど、
難しいことはない。

利害関係者の意を汲んだ議会、
特に思考停止した議会の判断の壁が存在するのである。

平成の大改革の中心、
といってもいいこのテーマ。

各地で混乱が生じている。
さいたま市でも解りやすい事例がある。

清水市長が昨年の予算において、
「敬老祝い金」を削減することを発表。

高齢の方々が節目の年齢になった際に、
感謝の気持ちを込めて祝い金として
税金から現金2万円を配布する、という制度である。

市長より削減して浮いた財源を、
介護分野などに投じることを同時に説明され、
私は時代の要請に適ったものと理解し賛同した。

しかし。

結論として議会は過半数が反対。

自民党・公明党・共産党、
ここに無駄遣いを指摘してやまない無所属の議員までが、
反対に加わり削減議案は差し戻された。

今年の予算案では削減がなかったこととなり、
元に戻った形で予算案が提案されるに至ったものである。

なぜこうなったのか。

高齢層に支持母体を置く自民・公明・共産それぞれが、
選挙を前にそれを「守った」のである。

どう考えても。

今後、高齢層の数は激増し続ける。

所得や資産に関係なく、4億円の現金が配布されている。

そんな余裕があるなら、そのお金は、
高齢層の生活困窮者対策や介護基盤整備など、
社会が解決するべき優先度の高い分野に
付け替えて成果をあげるべきだろう。

何より高齢層の方々のためである。

実は、私の知る限り、当の高齢者たちも、
廃止を含めた削減を容認する方々ばかりだった。

しかし議会は、
一部の利害関係者の意向をくみ取り、
現状維持の判断をし、
結局、市長もそれに従うこととなった、
というのが、これまでの流れである。

市長にも指摘されるべき所もある。
提案が唐突過ぎた。
説明を怠り、いきなり案を示した感がある。
この点は昨年9月の代表質問時に私も指摘している。

いずれにしても。

この事例が示すように、
税金によリ施されるサービスの受け手である利害関係者と、
議会の多数派とが結託し、
廃止や削減といった「負の分担」ヶなかなか進まない
という現象が現実に存在している。

ドラッカーが、政府機関は
廃棄が苦手であることを示していることから、
さいたま市はおろか、世界的な現象なのだろう。

これが改革を先送りする構造である。

問題は後世の人々に
一気にそのツケが回ることである。

後々、行き詰まった時。

数字上のつじつまを合わせるために、
一気にサービスが廃止・削減され、
一気に負担が増やされることとなる。

その時には、住民生活上の大きな混乱が生じるだろう。
夕張市の事例を忘れてはならない。

行き詰まることは今からわかっている。
どう見ても客観的な指標上、
厳しい時代が到来するのは目に見えている。

「厳しい」という言葉は、
今でも行政職員からよく聞かれるが、
そのレベルではない。

おそらく国からの資金は届かなくなるなるだろうし、
高齢者への福祉などの自然増で、
財政が硬直化するだろう。

行政がやらなければならないサービスさえ提供できなくなる、
といった類の大変な状況までが想像される。

しかし。

体力のある今から着手しておけば、
ソフトランディングできるのだ。

今から何を残して何を廃棄するのか、
住民との建設的な議論を積み重ねれば、
良い形で次の時代に移行できるのではないか。

理想は、その議論の舞台が議会であるということだ。

今の世代はいい想いをして、
将来の若い世代やまだ生まれていない世代に
しわ寄せがいくというのでは、
世代間の不公平感を一層助長することとなる。

30代にギリギリ足をかけている私からすれば、
こうした若者の言葉を代弁する立場として、
以上の点を指摘しておきたい。

現在までのところ、
さいたま市でも行政改革の計画、
「負の分担」のプランまでは示されているが、
これからこれらを実現していけるかどうか、
問われている。

他の自治体では廃止や削減が進んでいる
「敬老祝い金」でさえこのような状況であるから、
今後のさいたま市での行政改革、
特に議会の姿勢がカギを握ることとなる。

もちろん何でも廃止・削減すればいいというわけではない。
市長と同調すべき、と言うつもりもない。

負の分担の視点を全市的に織り込んだ上で、
議会は議会としての独自の姿勢を持てばいい。
議会は全市的に、将来の世代までを視野に
判断していく姿勢が求められていることを、ここでは言いたい。

これまでのように自分の選挙に有利かどうかに判断を矮小化し、
若い世代の希望を失わせることは回避していただきたいものだ。

このような姿勢こそ、
名古屋などで問われたのだろう。

いずれにしても、
このように「負の分担」を目的とした改革ほど
難しいものはないのである。

民主主義を採用する私たちの社会では、
議会という機関の決定なくして物事は進まない。

議会の判断一つにかかっているのである。

こんな時。

新しいタイプの市長が時代の要請を受けて送り出され、
北風を吹き付けて議会を変えるやり方もあろう。
名古屋や阿久根のように。

この方法も否定するわけではない。
どんなことであれ、住民が判断するものである。

しかし私は、住民が学習し成長することで、
その住民が議会に影響を与え、
自ずと議会が変わることを余儀なくされる、
そんな改革が望ましいと考えている。

住民の成熟ほど、
自治の体質を頑強にするものはない。

まさに太陽に照らされた旅人が、
自然にコートを脱ぐ、といったことである。

そんなことができるはずがない。
と思われるかもしれない。

しかし、実例がある。
それも最近のことだ。

その自治体とは。

冒頭の言葉を発した
柳田さんが市長を務める佐久市。

文化会館の建設を巡る住民投票を
実施したケースである。

前市長時代に議決を経て、
建設が決定されていたこの文化会館について、
しかし、柳田市長は市長選挙の候補だった時に、
建設への疑問の声も多数聞いたという。

ここで、河村市長なら「建設反対」を明確にし、
議会を敵と位置付けて演出をしたかも知れない。

しかし、柳田市長は、そうしなかった。

選挙においては「住民投票で決する」
と言うにとどめたのである。
選挙の材料に「反対」を使用しなかった。

柳田市長は、あくまで「議会の議決」を重んじた。
この点が河村市長と根本的に異なる。

河村流。

つまり、議会の決定のうち、
自分に従う部分はいいが、それ以外は認められない、
というこの論法。
後々、自分の首を絞めることとなるだろう。

議会を敵視した論法は、
住民に思わぬ副作用をもたらすだろう。

しかし、自身も市議・県議を歴任してきた柳田市長は、
議会の議決の事実を重視した。

だから撤回の考えを持つ住民が多く存在するからと言って、
選挙目当てに議会の決定の撤回をぶちあげたり、
市長就任後も、自分一人の意思での撤回の判断はしなかった。

あくまで選挙時の約束の、
住民投票を実施するとの考えを貫いた。

9月の議会において議会の修正で、
50%以上の投票率がなければ無効とされたが、
実施されることが決まった。

昨年11月。

住民投票の結果、投票率は50%超。
反対が7割超に上った。

即座に市長は、
総合文化会館の建設を中止を発表した。

この経緯は佐久市HPに詳しい。
http://www.city.saku.nagano.jp/cms/html/entry/3723/418.html

特筆すべきは、説明を尽くそうという佐久市の姿勢。

この住民投票に至るまでに、
市が主催した説明会は実に21会場で開催。
1193名の参加があったという。

会場で出された質問と回答は、
翌日にはホームページに掲載され、
次の説明会で印刷され配布された。

つまり住民の考えは様々な角度から検討され、
判断できるように工夫されていたのだ。

こうした住民との間で徹底して議論し、
決定するという判断。

これこそ、「負の分担」のあるべき、
合意形成の一つの姿なのだろう。

住民は時間をかけて、
財政状況や将来の佐久市の運営にまで、
学習の幅を広げたに違いない。

かくして文化会館の中止と引き換えに、
住民の成長の機会がもたらされたのである。

この件により、
議会も再考を促されることとなった。

十分に尽くされた議論を踏まえて、
住民が判断したのであるから、
この時計の針を元に戻すことにはならないと思われる。

住民が鍛えられ、住民による判断の結果により、
議会の判断も合わせて変更させたケースだった。

この副産物は、
今後の佐久市の自治にももたらされるだろう。
以後の市の重要な判断についても、
住民の建設的な議論のもとに決定されていくに違いない。

議会の決定が覆されることについて、
当の議会も納得せざるを得ないプロセスで
撤回させるに至ったのである。

残念ながら。

この件は、大々的には報じられていない。

劇場型の派手な改革(偽装改革?)が、
メディアには登場しやすい。

絵になるからだろう。

しかし、大人の改革、
さらには本筋の改革と呼ぶべき、
こうした佐久市のような改革も、
同時に行なわれている。

報道機関には、
埋もれている佐久氏のような本筋の改革にこそ、
光を当ててほしい。

民主主義の社会の中、
住民の学習と成長なくして、
「負の分担」の時代を乗り越えることはできない。

住民は、学び成長する機会があれば、
まっとうな判断をする。

そうした環境さえあれば、
敵・味方といった憎悪の感情を基盤にした対立ではなく、
建設的な議論でその地域の将来を検討することにつながる。

議会は住民が選んだ料理を盛り付ける「うつわ」である。
住民が変われば、盛られる料理の質、
つまり議会の質も変化していく。

その文脈で自治体のあり方も
当然に変わることとなる。

柳田市長は、このほかにも、
事業仕分けの実施や
市民活動サポートセンターの設置など、
確実に未来への投資に次々に着手している。

注目すべき自治体の一つである。

柳田市長への壮大な試みに敬意を表するとともに、
佐久市において新時代の到来を思わせる、
この試みを胸に刻んでおきたい。

そして。

私は柳田市長と同じく、
議会の議決は重たいものと考える立場である。

だからこそ、議員を選ぶ住民に、
建設的に呼びかけ、訴えていく。

当面、こんなメッセージを届けたい。

「納税者の意向を議会に反映しよう!」
「行政改革のできる議会を創ろう!」

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■20110219【見解】議員定数削減に対する見解

私たちの提出した議員定数削減条例について、
さいたま市議会が「否決」したことは、
提出の経緯も含めて、すでに当ブログで記している。

その定数について、私の率直な考えを記したい。

議員定数削減は、
議会改革の前面に出るものではないし、
慎重に取り扱うべきもの、だと考えている。

いわば「入れ物」の大きさを変えるにすぎず、
そこに盛られている料理の質が変わるものではない、
ということだ。

こうした明確な考えを持っているが、
今回は定数削減条例を
提出する決断するに至ったものである。

昨今。

全国で議員定数削減が流行のようだ。

先日の名古屋現象でも
議会改革の象徴として取り上げられていた。

もはや市民が議会に期待する
唯一と言ってもいい項目は、
議員の「報酬削減」とならび「定数削減」ではないか。

これはこれで嘆かわしいが、
まぎれもない客観的事実である。

議会に約10年在籍した私にとって、
今、着手すべき議会改革とは「質」の面の改革である。

報酬や定数の削減は、
行政改革的視点や議員が身を削る姿勢を示す、
という意味ではその通りだが、
議会の質の改善にはほとんど何も貢献しない。

つまり、質の改善は全く別次元なのである。

質の改善のためには、
●選挙における新陳代謝で新規参入ができる環境
●自分の支持者以外の不特定多数の市民と触れる機会
●行政の依存体質を改め、議員が自立すること
などが必要とされるだろう。

だから定数削減が議会の質の改善につながる、
という意味で効果があることとして、
私が議員定数削減条例案の提案者に名を連ねたわけではない、
ということは、ここではっきり述べておきたい。

現在の議会の質の水準が、市民の想いに到達していないこと、
この両者のギャップが大きな問題の根幹なのだろう。

このギャップが定数や報酬の削減を強く打ち出している。
突き詰めれば「議会不要論」である。

名古屋で本質的に問われたのは、
報酬や定数の削減というよりも、
このギャップに対する議会への
市民からのメッセージであると受け止めたい。

自身の支持者には良い顔をしても、
全体の市民生活に貢献しているように見えない。

行政依存が過ぎてチェック機関としては
機能不全となっている議会に、
市民は「不要」とレッドカードを突きつけているのである。

むしろ。

今回の定数削減議案への反対討論の中に、
「定数の削減は少数意見の切り捨てとなる」
という意見には、私も同じような意見を持つ。

確かに、定数が少なければ、
組織票による国政政党や世襲議員の既得権の壁が生じ、
新規参入が困難となっていく。

議会とはその時々における、
市民の意向が体現された機関であり、
「入れ物」なわけだから、
選挙を機会として、常にその市民の意向に合わせて
内容が新陳代謝されていくことが望ましい。

定数が少なくなると、
「少数意見が反映されにくくなる」
という傾向は少なからずあるのだろう。

合併前の市議会議員の合計数約130名だったのが、
現在、合併後に64名となっているから約半分である。

その分、市民には声が届きにくい、
逆に言えば、議員の姿がみえない、
という意見が私の耳にも届いている。

これは無所属で選挙に3度挑戦した、
私の経験に基づく率直な考えでもある。

前回選挙では最下位であったことも、
私の念頭にはある。

だから一般論としての議員の定数削減については、
絶対反対ではないが「慎重であるべき」というのが、
私の基本的な認識である。

ただし。

今回はこうした考えをもってしても、
定数削減条例を議会に提出することに
賛成し、決断したものである。

別に自民党を追い詰めることや、
選挙前のパフォーマンスをすることを
目的としているわけではない。

選挙前のパフォーマンスと言うには、
あまりに危険なものだろう。
自分の選挙区にも波及する案件なのだから。

この議案を提出した最も大きな理由。

それは、やはり、
自分たちの行政改革への覚悟を
市民に対して示したい、
という思いがあるからだ。

これまで多くの方から、
「議会は定数削減するんだって?」
と聞かれた。

このケースの削減とは、
64から60に4の議席を削減する話ではない。

「54」に削減するという話である。

この自民党が流している話は、
すでに市民に浸透し、
それを気にかけている市民が数多くいたのである。
昨年末の報道に注目している市民の存在があった。

これを知った時、
私は、自分の内面に問いかけた。

「ここは決断するべきではないか」と。

事業仕分けをしたことさえ、
選挙向けのパフォーマンスだと言われた。

時代に先駆けたこの取り組みに、
そのような根拠のない批判をされることは本意ではない。

ここはその本気さを示し、
自らも身を削る姿勢を示すことで、
時代の要請に適う取り組みをしていくことを理解していただきたい、
そんなささやかな想いが芽生えたのである。

そんな心の動きがあった。

前回最下位の私が、
54の議案に賛成するということは、
私自身が落選ラインに落ちる、
ということを意味する。

私の選出区である南区は、
前回の選挙では定数9、
すでに60の議案で「8」となっているが、
54の議案となれば定数は確実に「8」と固定するのだ。

直接的に自分に関わる数字だ。

提出すれば、
もともと主張していた最大多数会派の自民党が
乗る可能性が充分にあるわけだから、
賛成は過半数を超え、成立する可能性は大いにあった。

これはもう理性を置いて決断するしかない。
ここで、内面の葛藤を振り払った。

私に限らず。

会派所属議員がそれぞれ自らのリスクを承知で
決断したのが今回の定数削減議案である。

会派控室において、
提出者・賛同者に名を連ねるための
署名をする際のそれぞれの議員の手は、
その決意に裏打ちされ迫力に満ちていた。

こうしたことから、
これをパフォーマンスだといわれるのは、
大変な怒りを感じる次第である。

勇ましいことをいくら言っても、
結局いざという時に行動できないものほど
情けないものはない。

この提案をした自民党にこそ、
この機会に猛省を促したいものだ。
市民の多くが期待をしたのだから。

さて。別の角度から考えたい。

60が54になるということは、
すぐさま各区において
複数の定数削減に至るものではない。

また、市民の意向の確認は、
必ずしも議員の定数がたくさんいなければ、
できないというわけでもない。

北海道栗山町議会や、福島県会津若松町議会をはじめ、
市民報告会などを実施するなど、
全国各地で工夫しながら議員の数によらない形で、
住民の意向を取り入れる努力を続ける議会もある。

こうした試みにヒントを得ることもできるだろう。

だから。

定数削減に「絶対反対」という判断も、
いささか硬直化した考えではないかと思う。

もし現職議員がそれを強く主張するならば、
自己保身の意味も込められているかもしれないと疑っている。

いずれにしても。

少なくとも私自身は、
この54という数字に議員として、
今後とも責任を負う立場となった。

この成立に向けて、
今後とも行動してく次第である。

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■20110208【議会】議員定数削減54条例案の行方

60から54へ。

2月8日、私の所属する会派では、
議員定数を削減する内容の条例案を提出した。

この決断には時間を要したし、
議論を積み重ねてきた。

時に市民に痛みが伴う行政改革。

これを推進する立場に立つ私たちは、
自らの身を削る決断をした次第である。

事業仕分けが選挙向けのパフォーマンスでないことは、
この議員定数削減条例案の提出により、
裏付けられることだろう。

冷静に考えれば。

会派所属議員や民主党所属の新人議員たちを含めると、
各区で複数の議員が競合している。
定数が減れば、共倒れという可能性もある。

私自身、前回の選挙は最下位である。

「現職議員で最も厳しいのはあなただ」
何人もの業界通に言われている。
自らに選挙における厳しい結果も頭に浮かんでいる。

しかし決断した。

決断したからには、もはや揺るがない。
この実現のために議会内外で行動するのみである。

ところが…驚くことに!

この議案を本会議場に「上程させない」という方法で、
封じ込めようという動きが透けて見えてきた。

堂々と本会議にて議論をすればいい。
定数の削減に対する考えは、それぞれあるだろう。

ところが。

議案の議論の場すら設けない、
という愚行に出ようという勢力があるのだ。

それも議会の多数を占めている。

この条例。
法律的要件が整っている。
議長は速やかに議案を本会議に上程しなければならない。

もし上程されないということならば、
それをさせない判断をした議員たちは、
議員としての資質を問われることとなるだろう。

この議員定数の議案の取り扱いは、
議会が自らの改革ができるのか、
それとも現在の議会では困難なのか、
を物語る、何よりの指標となる。

そもそも54という数字を高らかに掲げ、
定数議論を先導してきた自民党。

何を消極的になっているのだ。

自民党所属市議19名(議長除く)。
そして私たち会派所属議員13名。

合計32名。

議会は多数決で
物事を決めるルールとなっている。

議員全体は63名(議長除く)。

63の過半数は…

32ではないか!

既に過半数を獲得している。
やればできる状況だ。
今すぐやればいい。

もし選挙前の手柄がほしいというなら、
私たちは、いつでも名前を譲る用意はある。

議案が提出され、
上程を目の前にしている状況下、
実現は、すぐ目の前にある。

製造物責任があるはずだ。
できないならできないなりに
説明責任を果たすべきだ。

まさか、「選挙前で時期を失している」
などという理由ではないと思われるが…。

なぜ上程させない、
という姑息な方法で葬むろうとするのか。
理解ができない。

上程の権限を持つ議長一人に、
この責任を負わせるのは酷だろう。

これまでの自民党。

「54にすべき」と繰り返してきた。
私はその証拠となる広報紙も手元に保存している。

一時、私は自民党の覚悟に対し、心より敬意を表していた。

ところが蓋を開けてみれば、
こういうことだったのか。

これが本気だったのか、
それとも選挙のための単なるパフォーマンスだったのか、
議案の取り扱いで自民党は問われることとなるだろう。

否決するのも苦しいのではないか。
あれだけ公言していたのだ。

その自民党に同調する公明党、共産党。

もし議案を上程させない、
という手法の自民党に同調したなら、
私は今後この任期が終了した後も、
忘れずに対応していく。

定数の考えはそれぞれだから、
それぞれで対応すればいい。
ただし表舞台でやろう、ということだ。

問題は議会における正当な手続きを、
都合の悪い議案については審議する土俵に乗せない、
という愚行である。

一度としてあってはならないことだ。
もしこの方法をとったならば、
全国的に注目を集めることとなるだろう。

今後、綺麗事は言わないことだ。

この2月議会の冒頭。

自民党、公明党、共産党は、
市長の改援隊マニフェストについて、
議会の改革に当たる部分を削除するよう
決議まで上げているのだ。

議会の改革は議会でやるから余計なことをするな、
ということだ。

心情的なものであれば理解できるが、
市長には政治家としての表現の自由があるから、
議会が言う筋合いのものではない。

これを私は、
「4月の選挙を意識した政局的な動き」
と断定した。

今回、私たちの提出した議案の上程云々の行方によっては、
それが政局的なものだったことが早くも議会で証明されるのだろう。

この議員定数削減条例は、
2月議会中に上程されなければ、
結局、任期満了のため廃案となり葬られることとなる。

「1月28日の説明会を終えたこの時期だから」
ということは否決する理由になるとしても、
上程させない理由にはならない。

このような結果になれば、
古い体質が未だ残されている象徴的な事例として、
後々まで取り上げられていくだろう。

名古屋現象がさいたまにまで波及する
きっかけとなるかもしれない。

ぜひこれからの議会に、
より一層注目して頂きたい。

最後に繰り返す。

私たちは自らの議席を失うかもしれない、
リスクを伴う道に踏み出す覚悟を決めた。

この覚悟は揺らぐことはない。

今後、その成立に向けて行動していくこととなる。
そのための障害物は断固として振り払う。

4月に選挙を控えたこの時期に、
あらゆる方法を尽くして市民に全てを伝えていく。

この件、今後も当ブログにおいても
継続して取り上げていきたい。

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■20110201【見解】市長の「埼玉改援隊」をめぐる緊急質問の本質

2月1日の本会議初日。

異例の緊急質問という場が設定された。

緊急質問をするまでもないが、
することに異議は無い、
というのが私の所属会派の意見であった。

その質問の議題は「埼玉改援隊」。

市長が他自治体の市長らとともに設立し、
市長自身が地区マニフェストも掲げた。

この中に議会に関する項目が入っており、
2元代表制の趣旨との整合性が問われたのである。

結果、この部分を撤回することを
求める決議が挙げられた。
私はこの決議には反対した。

明くる日の2月2日の新聞では、
このやり取りをめぐり
「紛糾した」と報じられた。

自民・共産・無所属議員が登壇。

自民党の質問時には途中で休憩が入り、
議会運営委員会が開催されるなどの場面もあった。

これら緊急質問の「紛糾」の本質を記したい。

これは「政局的」なやり取りであった、
と断言する。

きっかけとなった「埼玉改援隊」を掲げた市長も政局。
自民党はじめ、登壇者も政局。
派手なパフォーマンス合戦という様相である。

まず、市長をあれだけ質す資格が、
自民党にあるのか疑問である。

清水市長誕生後、
それまでの「水面下政治」が成り立たなくなったことが、
清水市長への厳しい追求の最たる理由ではないのか。

相川前市長の下、
自民党・公明党は「与党」宣言をした。

この与党が優先となって、
議会と行政との間で事前のやり取りが横行した。

これが議会運営を形骸化させていたのを、
私は忘れていない。

皮肉にも。

自民党が厳しく追及する清水市長の誕生により、
「与党」ではなくなった自民党の、
表舞台での活躍の場ができたということとなる。

振り返れば、清水市長の就任後、
市長との距離感でしばしば議会の混乱が続いている。

市長選時に、
清水市長を応援したのか、していないのか、
ということが、その後の議会運営に
大きな余波をもたらしているのである。

今回もその文脈で考えると、
分かりやすい。

特にこの2月議会で、政局的な側面が噴出するのは、
4月に市議会議員選挙を控えているからである。

こうした政局を前提とした混乱に
巻き込まれないように心掛けたいものだ。
政局的な思考をできるだけ排除して、
市民生活への成果を念頭に行動してきたい。

念のため。

私の立場を「市長与党」と見る向きもある。
市長を応援したという意味では、
そう見られるかもしれない。

ただ、私は自らを
「与党」と言ったことは一度もない。

決算議案や敬老祝い金削減撤回の予算案など
市長提案の議案に反対した事もあれば、
昨年9月議会での代表質問で行革の進め方や
市職員の刑事事件を巡る市長の姿勢について
市長に厳しい指摘もしている。

ある幹部職員からは、
我が会派が「市長与党なのに行政に厳しすぎる」
と行政内部で取りざたされていると聞いた。

これが私や私の所属する会派の
現在の位置づけを示す何よりの証拠となるだろう。

少なくとも、
従来の「与党」には無い行動である。

議会と行政の、
緊張感を前提とした新しい関係性を築く機会は、
少なくともさいたま市誕生後、
当初の2年の混乱期を除いては無かった。

市長が交代し、
今、ようやくその兆しが見えてきた、
ということとなる。

さいたま市の有権者の判断により、
先の市長選挙において、
市政は確実に舵を切ったのである。

もう一つの視点として、
私が市長と近いように見えるならば、
それは市長が進めていることに軌を一にして
賛同しているからであって、
その成果に焦点を当てた評価を前提としている。

市長がすべきことをしなかったり、改革を怠れば、
すぐさま厳しい指摘をすることとなる。

私にとっての関心は、特に行政改革。

さいたま市の行政改革は、
清水市長就任後、大きく前進している。

こうした市政の方向転換が昨今の議会の混乱を生み、
改選前の市議会において、
こうした「紛糾」を生み出しているのだろう。

混乱や紛糾は、
変化する際に必然的に起こりうる事象だといっていいのだろう。
むしろ混乱が起きているということは、
これまでとは変化が生じていることの何よりの証拠である。

時間がどれだけかかるかはわからない。

が、必ず、次の時代に適応するために、
議会も行政も姿を変えていくこととなる。
変化に対応できなければ時代の中で淘汰されていく。
私はこの変化の担い手でありたい。

私たちの会派が事業仕分けを実施したのは、
こうした時代認識の下、
議会側の責任を強く意識したからである。

政局や選挙のための活動、などという
矮小化した見方をされるのは本意ではない。

市長は、改援隊を立ち上げる等の
外での政治行動に走るよりも、
議会において議員各位に対し、
こう問いかければいい。

「私は行財政改革を進めている。
 議会も市全体を視野に財政に責任を負い、
 判断するべきではないか」

これは従来の「あれもこれも」路線の返上を意味する。
どれを選択するかの時代に来ている。
どれかを選択しなければ財政はパンクしてしまう。

この時代の政治家の役割は、
リスクを承知で市民に自らの考えを示し、
議論を積み重ねて理解を得ていくことに
重きが置かれるはずだ。

ここでの議論こそ、
市民に示すに値するものとなるだろう。

選挙を意識し、
有権者に甘い話ばかりをしていては、
事態は改善されないどころか、
ますます治療が遅れ、
悪化していくことを助長しかねない。。

改革を先送りすれば、切羽詰まった時点で、
サービスは一気に削られ、負担は一気に上がるのである。
このしわ寄せは、何より弱いところに向かっていく。
破綻した夕張市の事例は何よりも雄弁に物語っている。

こうした事態は避けなければならない。
体力のあるうちにできることに着手しておかねばならない。

市民もそれに気がついてきている。
だから行政改革を前面に打ち出した清水市長を選んだのだ。

総花的で都合のいいことしか言わない政治家に対し、
市民は疑いの目を向け始めている。
市民は、身の丈に合った等身大の政治を求めている。

少子高齢化で人口減少、さらには経済が不安定な中、
これまでの市長の行革の進め方に問題があったのは事実だが、
そのやり方の反省をしつつも前に進む選択肢しかない性格のものである。

苦い話であっても当事者に正直に話す。
時に、厳しい言葉をかけられることも
政治家の宿命なのだと自覚している。

今までの在り方では、立ちゆかないのは、
国会の状況を見ていても明らかだ。

民主党はふがいないかもしれないが、
古い自民党時代に戻ることも国民は良しとしていない。

この状況と同様である。
今は生みの苦しみを味わう時なのだろう。

新しいものは簡単には生まれない。
しばらくの試行錯誤続く中で、
徐々に形を現わしていくと認識している。

問われているのは、
自分はその試行錯誤の担い手に手を挙げるのか、
それともそこから逃避するのか、ということである。
私は当然前者に立ちたい。

懐古主義からも批判主義からも、
新しいものは生まれてこない。

議会も「担い手」としての責任を負うべきことは当然である。
この点で市長は、
大いに議会側と議論を積み重ねればいい。

市長には、市長選時の有権者の意向に思いを馳せ、
自信を持って、市政の改革の時計の針を進めるべく、
全力を注いでいただきたいものだ。

私は市長がこの姿勢を貫くならば、
市民はきっと理解を示してくれると確信している。

埼玉改援隊そのものについての私の見解は、
この議会が終了した時点で明確に記したい。

ここでは推薦を受ける意思はない
ことだけを記しておきたい。

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■20101231【雑感】今年一年を振り返って

この一年の始まりは、
恒例の「初日の出小旅行」。

北茨城の海岸沿いで、
見事な御来光を確かな目でみつめていました。

その後の激動の一年とは、
対照的な穏やかな光景でした。

こうしてスタートした一年。

結論として、
今年も昨年から引き続き突っ走った感があり、
来年4月の挑戦が目の前に来ているので、
さらに一気に走り続ける、
ということとなろうかと思います。

さて、ここで今年一年を振り返ります。

これまでは時間軸で記していましたが、
今回はテーマごとに記します。

ずいぶん長い文章となりましたが、
お付き合いください。

  ★  ☆  ★

会派主催「事業仕分け」の実施

今年は、何といっても会派主催の
「事業仕分け」作業の実施が大きい。

1月に会派内にプロジェクトが設置された。
その際、リーダーを拝命。

仕分けの生みの親である構想日本にも
全面的に協力いただき、
5月に研修を行なうなど準備を進めてきた。

こうした私たちの試みに対し、
議会内外で圧力ともとれる言動が次々に寄せられた。

しかし、11月2日に実施できた。
約150人もの傍聴者や各メディア関係者も来場するなど、
成功を収めた。

結果は7つの「不要」など厳しいものとなった。

何より職員の説明力の不足という問題が発覚。
その改善を含めて様々な宿題を預かった。

この結果の扱いについては、
12月17日、市長に対し「政策提案」として提出。

今後、この取り扱いについて、
行政の動きを注視していく。

また、12月議会でも随所に取り上げたし、
年明けの2月議会における代表質問や予算審議などで
取り上げていく予定である。

今、議会はそのあり方が問われている。

この試みは、全国の議会で3例目。

会派という単位であるものの、
機能する議会へ変革を導く試みとして、
大きな一歩を踏み出したと確信している。

さいたま市政

清水市政の2年目であり、
いよいよ本格始動の年である。

市長の一丁目一番地の、
行政改革は着実に進んでいる。

行財政改革本部は、
6~7月に「公開審議」を実施。

「さいたま市版事業仕分け」と言うだけあって、
構想日本の関わりはなかったものの、
予算編成の査定さながらの激しい議論が展開された。

これらの議論を踏まえ、
12月には「行財政改革推進プラン2010」が公表された。

ここには廃止を含めた各事業の取り扱いが
年次を追って具体的に記されている。

また、市の保有する施設等財産の総合管理を念頭に、
「公共施設マネジメント方針」も示された。

単年度主義の予算の発想を転換し、
その財産の扱いをどうするかの判断は、
将来にわたって計画的に行なうべきで、
全国に先駆けた方針である。

例えばある建物が築35年で
改築を必要としている、とする。

事業とともに建物を廃棄するのか、
民間に移譲するのか、
改築して延命を図るのか、
新規に立て替えるのか。

莫大なお金が必要とされる中、
廃棄できればその費用は必要なくなる。

計画的にいつどうするのか、
その方針を打ち出し、判断していく、
という単年度主義の行政においては画期的なである。

財政や人事のコントロールを含めて、
今後はこの方針の具体化を
どう担保していくかが課題となるだろう。

いい計画があっても、
実行できなければ絵にかいたモチに過ぎない。

行政改革全般に言えることだが、
利害関係者への丁寧な説明により、
着実に進めてほしい。

12月22日、さいたま市長は、
来年の財源不足を250億円と修正した。
更なる行政改革の必要性を裏付ける発表だった。

まだまだ予断を許さない。

ところで。

厳しい経済・財政状況が現出する年でもあった。

7月には新都心の開発計画が白紙となった。
またも振り出しに戻った。

6月には岩槻の再開発ビルが、
12月には北与野の再開発ビルが、
それぞれ破たん回避のための
公金が投じられる判断がなされた。

地下鉄7号線の延伸の話は先送りのままである。

岩槻人形会館も半年以上の延期が決定された。

莫大な予算を必要とする事業については、
議論を積み重ねて市民の理解を得なければ、
推進は困難となるだろう。

背伸びせずに等身大で
まちづくりを進める時代が来ている印象を持った。

機能する議会に向かったか

「向かった」と言いたいところだが、
市民が今の議会を見れば、
「あまり変わりがない」と言われてしまうかもしれない。

市民の信頼の回復は、
これからも大きな課題だ。

議会内は混乱に次ぐ混乱である。
これまでにはなかったケースだ。

市長選の余波、来年4月に市議選を控えたことによる、
政局的な側面が大きな要因だ。

私はしかし、この混乱を好意的に受け止めている。

混乱が起きず、全て水面下で決められていた前市長時代には、
議会もまた硬直化していた。

その時代を肌で知るものとして、
今の混乱は、次の時代に向かうために
通過しなければならない混乱と受け止めている。

インターネット生中継を予算委員会も対象に含めたり、
議長が記者会見を行うなどの取り組みや、
高校生を招いていの高校生議会など、
様々な仕掛けをしてきたものの、
市政報告会の実施は実現していないし、
市民と直接触れ合う機会をなかなか作り出せていない。

こうした課題を解決し、
きっと市民の代表機関として
信頼される機関にしていきたいものだ。

個人的には、市民生活委員長として、
昨年に引き続き委員会運営に責任を負った。

盆栽枯死事件が前年末に決着がついたと思いきや、
3月末には盆栽美術館は館長辞任騒動が起きるなど、
多難のスタート。
プロジェクトチームの進捗状況の調査を継続している。

今年は同じ文化の分野の
岩槻人形会館についての調査を中心に行う。

この会館、箱を作る構想ばかりが先行し、
準備不足が露呈。

結局、12月には、
市長サイドから建設延期の決定の報告。

文化や伝統はますます重要度が高くなるだけに、
市民に根付き、収益性や経済波及効果の
高い施設を目指してほしい。
そうでなければ撤退も視野に入れる必要がある。

準備不足が否めない中、
建設を延期する決定がなされたことに、
内心ホッとしている。

次の任期で、再びこの建設に
関する議論が行なわれることとなる。

9月議会において、
会派を代表して質問に立つ。

私の関心の高い行革について、
市長と対面して質問。

行革は総論賛成だが各論は反対となりやすく、
行革を停滞させないためにも、
利害関係者らへの丁寧な説明の必要性などを質した。

裁判の提起

現在、裁判の最中のため、
詳細は記すことはできないが、
名誉棄損でさいたま市議を訴えている。

私の議員としての根幹に関わることであり、
看過できない性格の事案であったため、
裁判という形で戦うことを決めた。

この結果は後ほど報告する。

国政―民主党政権の体たらく

今年もっとも残念なのは、
昨年8月に誕生した民主党政権が
ふがいない様相を呈した事である。

もはやこの国民の不信感は、払拭は困難だろう。

12月にはこの体たらくの
影響を受けた同志の西東京市議が、
落選するという憂き目にあった。

政権の中枢にいる要人たちは、
こうした影響を重く見るべきだろう。

7月の参議院選挙。
私はみんなの党の全面的な応援に入った。

田中秀征先生から、
お声がけいただいたことがきっかけだが、
組織に依然せず主張で支持を得る
スタイルが自分の立場と重なるなど、
共感できたこともその理由だ。

市議会では民主党市議と会派を組むが、
私自身は全くの無所属である。
その時々で応援したい政党、
日本の国のためになる
政党を応援したいと考えている。

選挙の結果、みんなの党の大躍進。
自らのことのように喜んだ。

退場したはずの自民への回帰もまた歓迎できない。
そんな中、筋を通す小政党の存在は小気味よかった。
民主の没落と対照的だった。

ただ、国の状況は予断を許さない。

借金は未だ増え続けており、
国際的にも存在感が薄れつつある。
課題は山積。

経済も社会保障も、貧困問題も、
何もかも先送りで適切な対応がなされていない。

間に合うのだろうか。不安である。

各地訪問

3月に三宅島、イギリス、
5月に大連(中国)、
8月にミュンヘン(南ドイツ)とその周辺、
を明大大学院青山教授や学生らと訪問。

三宅島は、火山被害後の復興の様子等を見学。

イギリスでは大ロンドン市やブライトン市などの
自治体政策をじっくり吸収した。

大連は、日本とのつながりが深く、
日本の仕事のかなりを請け負っている事実を知り、
将来は取って変わられてしまう、
という衝撃と危機感を持った。

ミュンヘンは、ユーロ安で好景気の雰囲気とともに、
茶色の三角屋根という旧来の街並みを大切にする
哲学を感じさせる景観が印象的だった。

11月には市民生活委員会で金沢の21世紀美術館など、
成功事例とされている文化施設を訪問。

その施設もコンセプトや準備がしっかりしている。

何より市民に根差すことなど、
すべきことをしてきていることが印象的であった。

親族の死と誕生

私生活では、義理の祖母を10月に送る。
臨終の場に同席し、命を深く考える機会を得た。

命の誕生にも遭遇する。

11月には義理の妹が、
そして12月には弟の妻がそれぞれ出産。

これまた命の尊さを教えてくれた。

  ★  ☆  ★

今後も無所属で挑戦

以上のように、例年にも増して、
あわただしい一年でした。

来年4月には大きな挑戦も控えています。

私はこれまで通り、
無所属で正々堂々、
身一つで正直に闘うのみです。

もちろんその前の
2月議会も真剣に臨みます。

何より私は現職議員。
選挙よりも今の任期のほうが大切であることを自覚し、
任期最後の議会に臨みます。

来年はどんな一年になるでしょう。
今から楽しみです。

お互いに健康には留意しましょう。

年明けて、すぐの夜中に
初日の出小旅行に出かけます。

一番最初の光にさらされて、
気持ちを整理し、新鮮な一年のスタートを切る所存です。

では失礼します。

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